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海鷹祭

明日から三日間、東京海洋大学では海鷹祭という学園祭が開かれています。

自分の所属するかめ研も例年通り、出店及び展示を行います!!

出店場所は情報処理センター前

展示場所は講義棟34番教室です!!



・色とりどりのフルーツゼリー 150円

・カメゼリー 50円(1缶400円)

・手作りしょうが湯 100円

・限定50杯 ゆず茶 100円



・かめ研オリジナル缶バッジ 100円(しょうが湯とセットで150円)

・かめ研オリジナルTシャツ 2500円



です!!!!!!!!!!!

展示では、一年生による発表もあります(^O^)/



ぜひぜひ、足をはこんでみてくださいね(*^_^*)
来てください。ほんと。お願いします(泣
by kobaso | 2010-10-28 22:00 | 大学小話

ビッグ・フィッシュ

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nihoさんにお薦めされた映画にして、
kobasoめもお薦めする映画。

すごく作り話のうまい父親エドワードと、
父親がすごくうまい作り話ばっかりするので、本当の父親の姿を見ることができず、不満が募る息子ウィルのお話(あれ、ちょっと違うかも…?)。
ラスト後半で、たたみかけてきます。寝そべって観てたのが、いつの間にか三角座りで前のめりになって観てました(笑

フィッシュ・ストーリー、それも、すごく大きなビッグ・フィッシュ・ストーリー。
なんだろうね、すごく嘘(といっても、罪のない嘘)のうまい人って、友達としては面白いし、飽きないだろうなと思うけど、やっぱりそれが父親だったら、そうも言ってられないですよね。
あぁ、はいはい、もういいよ、どうせ作り話でしょ?
ってなるし、だんだんと信頼できなくなってきてしまうかもしれない。
でも、この映画を見終えた後には、
「嘘にだって、『その人本人』がしっかりと見えるものなのかもしれない。嘘に引き込まれる事実もあるのかもしれない。」
って思いました。
最後のシーンの大嘘、泣きそうになりました。
そこにエドワードの姿があって、そしてまた、ウィルの姿も「見えた」から。

至る所に、なんかこう、「じんわり笑い」が満載です。
そしてまた、台詞の一つ一つが「ほぉーーーっ」ってなります。
一緒に観ていた友人の希望で、日本語吹き替えで観ていたけど(いつもは字幕)、その吹き替えの台詞が、すごく良かったです。
ひとつのお気に入りの台詞。

「靴もないのに、旅ができるの?」
「そりゃあ、足は痛いだろうね。すごく。」

うーん。あの場面あってこその台詞かな。
なんか、嘘と現実で話が構成されているから、話の一つ一つ、台詞の一つ一つに、色々と意味を見出させるんです。この映画。
ネタバレを恐れるあまり、観てない人には、伝えきれてないかもです。
なんで、観てくんろ(友人爆睡しちゃってたから感動を話し合おうと思っても話し合えなくてうずうずなんです 笑)。
そしてもう一度観たい。
by kobaso | 2010-10-20 09:56 | 映画小話

背伸び

スカイツリーが、試験的にライトアップされました。
バイトがあったので、見ることはできませんでしたが、きっと、綺麗だったんでしょうね。

スカイツリーは、大きいです。
でも、スカイツリーほどではないにしろ、高いビルがたくさんあるので、なかなかその姿をばっちりと見ることはできません。
スカイツリーが見える、高いビルとかこれからたくさん建てられるのかなぁ。
どんどんどんどん高くなって、東京の街の色んな建物が、頑張って背伸びをしていく姿を、思い浮かべました。
きっと、いろんなものが、背伸びしていくんだろうね、東京って。

なんて思った秋の夜長なのでした。
by kobaso | 2010-10-13 23:41 | 退屈小話

飼うこと。

先日、日比谷公園で開かれていたグローバルフェスタに、ボランティアとして参加しました。 ウミガメの色々な標本を展示しているところで、その解説をするボランティアでした。

そこに、小学校低学年くらいの男の子と、その子のお母さんが来られました。
男の子と話をしていると、凄く、その子がかめが好きなんだってことが伝わってきました。
そこで、そんなにカメが好きなら、家で飼ってたりするのかなと思って、聞いてみたんです。
『おうちで、何かカメ飼ってるの?』
って。

すると、お母さんがこう仰りました。

『広い自然の中にいるものを、小さい水槽に閉じ込めるのって、人間のエゴじゃないですか。だから、飼わないようにしてるんですよ。』

なんかね、確かにそうだと思うんですよ。
自分も、そんなことを考えたことがあります。自分の場合は主に魚なんですが、
魚を、自分が観ていたいがために管理するって、お前何様なんだって。
餌やりとか水替えとかしょっちゅうサボってたし。

でも、本当にそうなのかなとも、思うんですよ。
魚に、
『本当に水槽の中にいるの、嫌だと思ってる?』
って聞いたら、
もしかすると、
『いやー、外敵もいないし、ぬくぬくですよ。』
って答えるかもしれない。
ちゃんとごはんを与えられている魚なら、
『何もしなくてもごはん食べられて、案外、幸せっすよ。』
って答えるかもしれない。

まぁ、そうじゃないかもしれないんですけど。
結局、どっちも人間が考えた結果、そうだろうって判断を下すわけで、
どっちもエゴかもしれない。
まったく、人間て、どうしようもないなぁって、思うんです。

そんなことを考えられただけでも、飼ってみて良かったかなって思うんです。
水槽に閉じ込めることを理不尽だと感じたり、自分が結局は飼っている生き物を殺しているんだと気付いたり、人間の気持ちで魚について考えてしまっていることの違和感を感じたり、この手で、この目から考えた過程を含めて。

だから、お母さん、
こんな子どももいない青二才が言うのもおこがましい話なんですが、
そんな決めつけずに、カメ、飼わせてあげてもいいかもしれませんよ。損は、しないかもしれませんよ。
って考えをまとめるのに数日かかって、
結局、その場では「へぇ、そうなんですかぁ。」とか何とか、適当なことしか言えませんでした。
まったく、自分って、どうしようもないなぁ。
by kobaso | 2010-10-08 23:29 | 退屈小話

再読・芥川龍之介(晩年)

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芥川の作品は、すごく好きというかinterestingな感じなんです。
ただ、未だに読んでもわからないところだらけで、かつ自分の考えていることを伝えようにもそれだけの文章力もなく、色んな学者さんが批評してたりもするので、とやかく感想なり何なりを書くのもおこがましい気がして、もう少しちゃんと文章を書けるようになってから書こうと思っていました。
まぁ、でも、現段階での「書けること」を書いておきたい気がして、少しだけ書いてみることにしました。
まとまりのない文章はご容赦くださいましまし。

「河童」
人間批判が書かれているような部分もあれば、自己批判が書かれているような部分もあり、また人間としての存在の理想(芥川にとっての)が書かれているような部分もあって、なにかこう、いろんな嫌悪感が重なり合ってできた感じの作品だと思います。
登場してくる河童に、人間の姿が重なりつつ、芥川本人の姿も重なる。その姿には、言い知れないいやらしさが含まれていて、容赦なく批判されている気がします。
 
『もし理性に終始するとすれば、我々は当然我々自身の存在を否定しなければならぬ。理性を神にしたヴォルテエルの幸福に一生をおわったのは即ち人間の河童よりも進化していないことを示すものである。』

って一文、芥川らしくて好きなんだけれど、同時に芥川らしくて嫌いというか「いいのそれで?」って感じのする所です。

「蜃気楼」
芥川が、本当に、なにもない、ただぼんやりとした小説を書きたくてこの短編を書いたのだとしたら、
あまりにも悲しすぎる作品だと、思います。
ただの日常を描き上げる。その単純な作業の中でも、芥川はふと暗いもの、ドッペルゲンガーとか、棺とか、死体じみたものとかを小説の中に組み込んでしまう。
もう、視点が、そちら側から抜けられなくなってしまっている。
芥川のあらかたの小説を読み終えたうえでこの小説を読むと、なんともいえない感覚が、襲ってきます。

「侏儒の言葉」

『眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。』


芥川の晩年の作品を読んでいると、どれもすごく「客観的」な気がするのだけれど、もしかしたら「主観的な懐疑」なんじゃないかとも思えてしまうんですよね。あまりに救いようもない「いやらしさ」が浮き彫りになってしまっていて。それとも、物事を本当に「客観的に」みれば、様々な事柄は凄惨に、救いようもなくなってしまうのかな。

初期の作品が痛快な感じがするのは、きっと、芥川の懐疑的な視点が、他者のほうを向いているからじゃないかって思います。
それが、だんだんと芥川自身のほうに向いてきて、圧迫される感じになってくる。
「疑いの目」って、きっと、大切なことです。
疑問から物事をつくりだす科学者にとってはもちろん、そうじゃない人にも。
でも、「疑いの目」は、また、危険なものでもあるような気が、するんです。
芥川は、生真面目なくせに、「疑いの目」を持ちすぎた。というか、生真面目だったからこそ、「疑いの目」を持ちすぎてしまったのかもしれません。
芥川の言う、good sence、中庸を、芥川は保ちきれなかった。
「疑いの目」と、「無視・放置」の妥協点を、見出しきれなかった。
この言い方は、あまり良い表現ではないかもしれないけれど、
芥川は、物事を疑い続けた結果どうなるかっていう、実験を成し遂げたんだと、思います。

芥川の『ぼんやりとした不安』は、
「何事にも懐疑的な視点を持ってしまうことへの不安、つねに懐疑が付きまとう不安」
だと思っているんですけど、それだと、うまく「ぼんやり」が説明できない気がするんですよね。なんか。
by kobaso | 2010-10-06 06:50 | 読書小話

ただなんとなく

なんか、あまり考えはしてないけど、そうなってるってこと、あるよね。

口から食道、胃、腸、肛門まではひとつの管で、その管の中は体外の世界と同じ(いや、生物やってる人間がこんな語弊のあることを言ってはいけないのかもしれないけど)で、自分の中にも外があるってこととか、
いろいろ成分比は変わってるけど、いま吸ってる空気は地球ができた時からあるってこととか、
ほこりはどこから湧いてくるのかわからないけど、必ずその「元」はあるってこととか、
有機物を補給するのにもお金がかかるってこととか、
河童のたべるキュウリは、96%以上が水分だってこととか、
でもよく考えると人間も7割が水分なわけで、よくこんな固体でいられるなってこととか、

書いていくときりがないけど、なんか、そういうことってあるよね。
などと、今日はバイトがなくなったので、かめ研を終えたあと、ぶらぶら散歩して帰りながら思ったのでした。
ちゃんちゃん。
by kobaso | 2010-10-05 20:45 | 退屈小話

かめぞう我が家に来るの巻

更新したいことは色々あるんですが、今週はボランティアだし、来週は教育授業だし、月末は学祭だし、「今私の願い事がかなうならば休みが欲しい」状態なんでなかなか更新できやせん堪忍なー。

そんなときは写真のっけとけ!!
ってことでですね、あのですね、一眼レフが届いたんですよう。
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もとは父の持ちモノなんですが奪い取りました。
なんかこう、持ってるだけで写真撮ってる!!って感じです。嬉しいです。

でも、部屋の中で撮るものがないのでとりあえず、
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かめお。
こやつもねー、かわいいやつなんで、これからもよろしうお願いします。

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なんかよくわかんないけど、目の前にあったものをぱしゃり。

おまけ
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メモリーカードに入ったままになってた、なな・女性・独身

手ぶれがはげしいんで、精進しようと思いやす。
by kobaso | 2010-10-03 21:36 | 写真小話