科学も忍耐勝負なんですね


久しぶりに、DVDにやいた去年の「おうみ発610」を見てみました。
私が高校時代に所属していた科学部の映像です。

思えば、科学部はあの頃が一番「部」としてまとまっていたなぁと思います(私が所属していた6年間の中で)。
当時の部長であるおっちゃんと副部長である私は、
部活に関して言えば、いつも衝突ばかりしていました。
仲が悪かったわけではないのですが、活動の方針が微妙に違ったのだと思います。
当時の科学部は、まともな先輩がいないなかで(失礼)、どのような活動をしていくべきなのか試行錯誤の繰り返しでした。
活動と言えばソーラーボート製作とピタゴラスイッチ製作くらいで、その他にこれといってやることもなく、ただ談笑のために集まって、なんやかんやで時間を過ごしていたように思います。
このままでいいのかなと真剣に私が思い出したのは、高校2年になってからでした。
科学部として、何らかの成果を残したいと思うようになっていました。
それまでに、ソーラーボート大会では個人戦の上位3位を科学部で独占したり、団体戦で優勝したりという成果を残してはいましたが、なかなかその成果が成果として認められていないように、私は思っていたのです。
なにか新しいことを始めなくてはならないと考えるようになりました。
それからというもの、外来魚調査や解剖実験、天体観測、遺跡調査、化学実験、ゾウリムシの生態調査など、様々なことに手をのばし始めました。
もしかしたら、彼は、あまりにも色々なことに手を出しすぎて、科学部が方向性を見失っていくことが、嫌だったのかもしれません。
特定の活動にしか、彼は積極性を見せなくなっていました。
「部長なんやからもっと活動に参加してくれんかな。」
「部長とか関係ない。僕は僕のやりたい活動をする。」
という私とおっちゃんのやりとりは、科学部の人間には毎度おなじみの光景となっていました。

彼は決して、科学部のことを考えていなかったわけではありません。
文化祭で発表する科学実験のために、わざわざ岐阜まで米村でんじろう氏の講演を、一緒に聴きに行きましたし、何よりも彼の人柄なしには、あの大所帯の科学部をまとめあげることはできなかったと思います。
私に決定的に欠けていたものは、彼のような陽気さとリーダーシップでした。
彼の、あの憎むことのできない性格というか人柄は、本当に尊敬に値します。

話がそれました。

結局、部長と副部長の諍いに端を発して、科学部内もどこか内部分裂している感がありました。
それがようやく、あの「おうみ発610」の取材でまとまることができたように思います。
取材のために化学実験を部員全員で考え、ピタゴラスイッチの製作にも部員全員で取り組みました。
もしかしたら、その時私たちが必要としていたものは、1つの目標だったのかもしれません。

その後、科学部は高文祭の県大会で入賞し、念願の全国大会出場権を手にいれ、
今年7月の末には、三重で行われる全国大会に出場する予定だそうです。
恐らく、今はもう外来魚調査や解剖実験、遺跡調査などは行っていないと思いますが、
それでいいのだと思います。
狭く深く活動を行っていく方が、ひとつのことに集中して研究できます。
科学部としての方向性を見つけることができたなら、その道を突き進んでいくべきです。
おっちゃんの、あの時の部活に対する姿勢も、ある意味で正しかったのかもしれないと今頃になって思います。

…なんかブログがまじめですね。ごめんなさい。
それというのもレポートが煮詰まっているせいです。
はい。
宿題やります。
by kobaso | 2009-06-09 22:17 | 高校小話
<< 遅々として進みません 物理 すなはち もののことわり >>