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花火

たっちゃんは夏祭りが好きだった。
僕はあまり夏祭りが好きではなかった。嫌いでもないけれど好きでもないので、今でもあまりだれかと夏祭りに行こうとはしない。
けれど、たっちゃんと行く夏祭りは、少し好きだった。たっちゃんに夏祭りにいこうと誘われると、いいよと言ってついて行った。

小学生だったふたりは、あまりお金を持っていなかったので、僕は綿あめを、たっちゃんはリンゴ飴を買い、ふたりで何度か射的をすると、それだけで財布の中身はなくなってしまった。あとはダラダラとお祭りの中を歩いて、餅まきに参加して、日が暮れる前に家に帰った。たっちゃんは花火も好きだと言っていたけれど、ふたりとも門限があったので花火を見に行くことまではできなかった。

たっちゃんは野球も好きだった。大柄なたっちゃんがバットを持つと、怪力な4番バッターのように見えた。たっちゃんがファーストミットを持つと、どんな球でも受け止めてくれる頼もしいファーストに見えた。実際、僕が暴投をしても、ある程度の球なら器用に受け止めてくれた。すっぽ抜けたトンチンカンなボールが、ファーストミットの中にすうっと吸い込まれていった。たっちゃんは本当に野球が好きだったのだけれど、心臓がよくなかったので、少年野球団に入ることができなかった。僕は少しの間だけ少年野球団に入っていた。たまにたっちゃんに少年野球のことを聞かれた。たっちゃんに少年野球の話をすると、いつも「そうかあ。」と言って笑いながら、ただでさえ細い目をさらに細めた。ぼくはたっちゃんにあまり少年野球の話をしたくなかった。たっちゃんに対する申し訳なさとかそんなものではなくて、いつまでたってもうまくならない自分が情けなくなったから。僕は少年野球団を辞めた。その話をした時も、たっちゃんは「そうかあ。」と言って笑いながら目を細めた。
よくふたりでキャッチボールをした。たっちゃんの家にはバッティングネットもあったので、ふたりでよくトスバッティングもした。たっちゃんはバットの芯でボールを捉えた時の心地いい音を響かせながら、ボールをはじき返していた。僕のバットからは、くぐもった間の抜けた音ばかりしていた。たっちゃんは、バットじゃなくてボールを良く見て打つんだと、アドバイスをくれた。
たっちゃんは、豪快なバッティングをする清原選手が好きだった。僕はどんなときでもしっかりバントを決める川相選手が好きだった。

飽きると、たっちゃんの家に上がった。たっちゃんの家は重厚な木でできていて、床も壁も天井も黒くピカピカと光っていた。目から入ってくるその木の冷たい感じは、鼻から入ってくる木の甘いにおいで打ち消された。
たっちゃんのお母さんは、必ずと言っていいほどおやつにキムチチャーハンを出してくれた。キムチチャーハンはたっちゃんの大好物だった。僕には少し辛すぎたので、こっそりたっちゃんにキムチチャーハンを預けた。おいしそうにキムチチャーハンを食べるたっちゃんを、三ツ矢サイダーを飲みながら眺めていた。三ツ矢サイダーは良く冷えていて、甘くて好きだった。

たっちゃんと遊ぶ時は、たいていふたりきりだった。たっちゃんも僕も、あまりしゃべる性質ではないので、沈黙の時間が多かった。黙々とキャッチボールをしたし、黙々とゲームをした。けれどたっちゃんの顔はいつも優しく笑っていて、僕はその顔を見るのが好きだった。静かな、落ちついた空気を、他の友人が入ることで崩されてしまうことが、少し惜しくも思っていた。

小学校を卒業して、僕は大部分の友人が進学する中学とは別の中学に進学した。たっちゃんともあまり会わなくなった。犬を飼い始めてから、その散歩の途中でたっちゃんに会うことはあったけれど、やあと挨拶をするだけだった。

大学に入って、東京にすむようになってからは当然のことながらますますたっちゃんに会わなくなった。たっちゃんは地元の有名大学に進学していた。
大学2年の夏、帰省した時にたっちゃんに会った。その日は東京に戻る当日で、僕は犬の散歩をしていた。
たっちゃんは道路の向こうから、犬を連れて歩いてきた。久しぶりと挨拶をしてから、珍しくたっちゃんが「今日少し話できへん?」と聞いてきた。僕は「今日はもう東京に帰らなきゃ。」と言った。別に東京に戻る日を延ばしてもよかったし、話なんて犬の散歩をしながらでもできたのに。たっちゃんは、「そうかあ。まあ、また会ったときやな。」と笑って、目を細めた。

翌年の夏、たっちゃんは大学の友人たちと花火を見に行ったその夜に、心臓発作で亡くなった。
僕はずっとそれを知らなかった。それを知らずに出してしまった年賀状の返事に、たっちゃんのお母さんの文字でそのことが書かれていた。

昨日、大学の近くで花火が上がっていた。
そういえば、たっちゃんがどんな花火が好きなのか聞いたことがなかったなと思った。
何も、聞けていなかったなと思った。
by kobaso | 2012-08-12 15:21
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