ネズミが地球を征服する? / 日高敏隆 / ちくま文庫
恐らくは、高校生向けに書かれた本。だけれど、(不勉強な)大学院生が読んでも十分面白い本です。 執筆されたのが1972年なので、少々知識的に古い情報があるけれど、それでも面白いと思います。日高先生の考えというか、文章が面白いからかな。高校生程度の読者を想定しているのか、生物とは何かについて非常にシンプルに書かれていて、とてもわかりやすくもあります。 近年、都市部においてネズミが異常に増えている。このまま増え続けると、ネズミが地球中を闊歩するようになるのではないか、人類の次にはネズミが台頭するのではないか…というお話を導入として、種とは何か、種が増えるとはどういうことか、種が滅びるとはどういうことか、進化するとはどういうことなのか…というお話に移っていきます。 生物の知識を持っている人ならば、ある程度知っていることが書かれているのですが、それでも面白いのは、おそらく日高先生の挙げる例が面白いからだと思います。たぶん、塾講師をしていたり、教員を目指している人が読むと尚更面白いんじゃないかな。持ちネタが増えますよ(笑 僕が面白いなと思ったのは、本書の最終章あたり「生物は増えすぎるということはない…」というお話です。要するに、密度効果、個体群密度の限界に関するお話。 生物は増えすぎないようにできている。大発生の後には、おおよそ大減少が起こる。それは、密度の増加に伴う汚染であったり、ストレスであったり、共食いや育児放棄であったり等々によって起こる。人間は今、1種だけであるにもかかわらずこの地球上で大繁殖している。食料危機や環境汚染の問題にさらされているこの先に、いったい何があるのだろうか…というお話。 ネズミやシカ等の動物の例を見てきた後にこれを説明されると、戦争や食糧危機、ストレス過多社会、残忍な殺人事件、増え続ける自殺等々について、何とも言えない感情が湧いてきます。 宮本輝の小説「幻の光」の主人公の夫は、電車のライトにまるで魅かれるかのようにして自殺してしまうわけだけれど、それって、生物学的に考えると、人間という「種」の存在を踏まえて考えると、いったいどういうことになるのだろう…と思うと、ちょっと怖くなります。 人間を殺したり、自ら命を絶つことは、「悪」とされます。人間はあくまで、どれだけ増え続けようとも、増えた分だけその人口をまかなえるように、より多くの命の存在を肯定するようにもがくものだと思います。 しかしながら、一向に戦争はなくならないし、人口の密集した都市部では自殺も増え続ける一方です。なぜ戦争を起こすのか、なぜ自殺してしまうのか、と考えた際に、「種の存続のため」にものごとが働いていると考えると、納得がいくようにも思えるし、恐ろしくも思えます(念のために言っておくと、筆者はこんな極端な考えは言っていません)。 この本が書かれたしばらく後、最近では、リチャード・ドーキンスによって「利己的な遺伝子」説が出てきました。「利己的な遺伝子」は、「利己的な種」に、「協調的な生態系」に、どう作用していくのでしょうね。 生物学が「何故」を追求する学問ではなく、「どのように」を追求する学問である1つの理由は、「何故」を追求すると最終的には「何故生きるのか」という科学では証明しえない問題に行きついてしまうからではないのかなと、この本を読んでいてふと思いました。 理系の人にもお勧めですが、それ以上に生物にちょっと興味のある文系の人にお薦めです。知識なんてなくても、十分に楽しめる本だと思います。
by kobaso
| 2013-05-29 21:35
| 読書小話
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