蛍川 / 泥の河 宮本輝 新潮文庫 中学・高校の通学路の途中には川があって、その川を渡す橋の上を、毎朝毎晩、自転車で通っていました。当時、僕はその川を橋の上から見下ろすのが好きでした。朝は朝日が魚の鱗を照らす光景を見るのが好きだったし、夜の、何も見えない橋の下を見下ろすのも好きでした。僕の地元は田舎だったので、橋の上も川沿いの道も、ぼんやりとした街灯がいくつか灯っているだけで、夜の川は本当に真っ暗でした。見下ろすと、一面の闇が見える。曇った日の夏の夜は、月明かりもなく、生き物みたいな生ぬるい風が橋の下から吹いてきて、川に吸い込まれそうな感覚に襲われました。でも、恐怖はあまり感じなかった。あまり「死」がそこにあるとは感じられなかったからかな。なんとなく、「生きた」闇がそこにあったような気がしていました。鬱々として、それでいて少しの安心もあって、引き込まれていきそうな、不思議な感覚。宮本輝の小説を読むと、いつもその橋の上から川の闇を見下ろしているような感覚がやってきます。 この蛍川も泥の河も、決して明るい話ではなくて、鬱々とした陰気な感じのする話です(と感じました)。でも、救いようのない絶望があるわけではない。これらの話の中には人の死も、不幸も、汚らわしさも、沢山詰まっているんだけれど、真っ暗な谷底にいる感じはしない。なんというか、橋の上から暗闇を覗き込んでいる感じ。そしてなんだか生温かい。読み終わった後に、ちょっと安心している自分がいたりもする。全然安心できるような内容じゃないのに。 それは、ひとつは、普段日常で感じるそれなりに重たい鬱々しさを、宮本輝の小説の中に投げ込んで、発散できるからという理由があるからかもしれません。気分がふさいでいる時に、変に明るい話を読むよりも、鬱々しい話を読んだ方が安心できるっていうこともあるのかもしれない。不思議だねぇ。 うざったいような光があるのなら、心地よい闇も、あるのかもしれないね。
by kobaso
| 2013-07-29 22:07
| 読書小話
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