●低線量被爆問題
先の長崎・広島に投下された原爆によって、「100ミリシーベルトの被ばくに対して障害で発がんリスクの約1%の増加、あるいはがんによる死亡リスクの約0.5%の増加」が認められ、専門家の間においてもほとんど論争が無い。しかしながら、100ミリシーベルト未満の挙動においては専門家の中で意見が完全に一致しているわけではない。原発事故の際、「年間累計100ミリシーベルト未満のがんリスクは科学的に認められない」というフレーズを用いて、低線量被爆の安全性を訴える専門家が存在し、繰り返し低線量被爆の安全性が説かれることがあった。しかしながら、これは100ミリシーベルト未満の危険性が全くないという意味ではない。リスクの直接推計に代わって用いられる科学的なアプローチは、推定ないしは外挿と言われるアプローチである。単純に説明すると、影響が科学的にわかる範囲(つまり、累積50~100ミリシーベルト以上)の被爆とがんリスクの関係をプロットし、プロットされた点をうまくつないでわからないところまで延長することにより、リスクの見積もりを行うものとみなせる。しかし、この延長する線の形状は、科学が持ち合わせる証拠から判断して、科学的に異論がほとんどないと断定できる程度の厳密さで決めることはできない。したがって、100ミリシーベルト以下のがんリスクは、危険か安全か、科学的には「わからない」というのが本当であって、「影響がない」と断言できるわけではない。いわゆる、グレーゾーンである。しかしながら、「100ミリシーベルト未満のがんリスクは科学的には認められない」といった言説が繰り返されることで、そのグレーゾーンの判断を行う機会が奪われかねない危険性がある。 100ミリシーベルト以下の低線量被爆によるがんリスクは、喫煙や、飲酒、ストレスなど心因性のものによるリスクとあいまり、「被爆」だけの直接的な要因を見出すことは困難である。しかも、チェルノブイリで見られたように、被爆地域における集団はその事故がきっかけで生活スタイルが変化し、健康を害していく場合もある。 また、低線量被爆を危険視する人々が、twitter上等で「放射脳」などと揶揄されるケースも多発し、「風評被害」という言葉によって、低線量被爆の可能性がある食品を購入しない消費者が「加害者」として扱われるような事態が発生した。上で述べたように、低線量被爆の問題は、科学的な観点からだけでは判断できないトランス・サイエンス的な問題である。民主主義下では、商品の買う・買わないの選択は消費者にゆだねられるべきで、個人の裁量次第である。本来、食品の放射能汚染の責任は東電および政府が負うべきものであるのに、「風評被害」という言葉が用いられることにより、その責任の所在が一部の消費者にすり替わっているという側面は否めない。 さて、前章で少しだけ触れた、食品における低線量被爆の問題であるが、原発事故後、食品衛生法上の前提基準値として、緊急時の周辺住民の被ばくを低減させるための基準として「飲食物摂取制限に関する指標」が採用された。ここで重要なのは、この指標はあくまで「原子力緊急事態宣言」が発令された際の、「緊急的な」防災対策として想定される放射能の基準値であるということだ。たとえば、I131については、1リットルあたり300ベクレルと定められている。これは、飲食物中の放射性物質が健康に悪影響を及ぼすか否かを示す濃度基準ではなく、緊急時における介入のレベルである。一方、WHOが定めている「平常時」の水質基準はI131で1リットルあたり10ベクレルとなっている。これは、年間被爆量として0.1ミリシーベルトを上限とするように設計されている。すなわち、「安全基準」という意味で用いるならばWHOの指針を用いるべきである。しかしながら、政府は「ただちに健康に影響を及ぼす数値ではない」として、あたかも安全な値であるかのように説明してしまった。暫定基準値は、「安全性を確保する」ことを目的とするものではなく、「実行可能な事をやる」ことが目的であるにもかかわらず。政府は、説明の際に、「今は緊急事態である」と明確に述べ、そのうえでどのような基準値を設定したのかをしっかりと説明するべきであったと思われる。結果として、緊急時の基準値と平常時の基準値の差によって国民の間に混乱が生じてしまったものと思われる。 ・・・・・・・・・ 追記 発がんのリスクは、確率的な問題です。100ミリシーベルト以下であっても、リスクが0と言いきることはできません。例えば、「100万人に1人これを食べればがんになる」という食べ物があったとして、その食べ物の販売を認めるかどうか、購入するかどうかという問題は、もはや科学的な問題ではありません。そのリスクをどのように説明し、どのように受け止めればよいのかという問題は、難しい問題であるように思えます。
by kobaso
| 2013-08-07 22:17
| 退屈小話
|
フォロー中のブログ
外部リンク
カテゴリ
以前の記事
2016年 04月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 04月 2015年 03月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 03月 2013年 02月 2012年 12月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 最新のトラックバック
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||