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双眼鏡からの眺め

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双眼鏡からの眺め / イーディス・パールマン著 古谷美登里訳 / 早川書房

『「では、彼女はどうすべきだったでしょう」ヴァルは遮るようにしてそう言った。
「逃げる」と五つの声がいっせいに言った。』


バイト帰りの土曜日の夜、いつものようにお気に入りの古本屋さんに入ると、何色もの綺麗な青が描かれた装丁に目を奪われました。いつも手にとる本よりも分厚くて、値段も少し高かったので買おうかどうか迷ったけれど、その装丁の綺麗さと、ぱらぱらとページをめくった時に目に入ってくる言葉の綺麗さに魅かれて、購入してしまいました。短編集っていう点も魅力的でした。

イーディス・パールマンの描いた世界は、時代も、場所も、人物も多様でした。戦時中のお話も、現代のお話も、欧州でのお話も南米でのお話も、そして日本でのお話もある。老衰で死んでいく老人にもなれるし、その家族にもなれる。家政婦にも、市長にも、皇帝の娘にも、障害者にも、障害者の家族にも、不貞者にも、犯罪者にもなれる。
そして、イーディス・パールマンの描くものは、装丁の色々な青に似ている感じがします。僕がこうやって書くと陳腐になるけれど、様々な喪失感や孤独が、登場人物に、時代背景に、その場所に漂っていて。著者はそれらを決して大げさな言葉や安直な言葉で描くことはなく、1つの物語全ての文章でそれらを感じさせます。
ただ、喪失感や孤独があるからといって、どうしようもないほどの「不幸」は感じません。そしてそれは、ミランダ・ジュライの「いちばんここに似合う人」で描かれていた人たちとは少し違って、イーディス・パールマンの世界の人たちは、その喪失感や孤独を、どこかで受け止めているからなのかなと感じました。

僕は短編集が好きです。
それはたぶん、1冊の本で色んな世界に入り込んでいくことができるから。
教育を受けていたころによく「想像力を養うために本を読みなさい」というような文言を耳にしたけれど、僕の場合はどれだけ本を読んでも、想像力は一向に養われませんでした。むしろ、想像力が欠けているからこそ、本の力を借りて想像を膨らませています。本から自立できない。したくもないけれど。
イーディス・パールマンの書いた600頁あまりのおかげで、3週間くらい、毎晩静かな想像を膨らませて、いろいろな場所に行くことが、いろいろな人になることができました。
みんなちょっと寂しくて、つらくて、優しかった。
充分ゆっくりと読んだつもりだったけれど、もっと長くこの濃密な本の中にいたかったな。
by kobaso | 2014-10-12 21:59 | 読書小話
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